あれから9年が経過−3.11 東日本大震災を振り返って感じたこと

東日本大震災からもう9年、本当に早いですね…

あの日、皆さんはどこでどのように過ごされていたでしょうか?

大震災は突如やってくる

僕は当時、柔道整復師の専門学校に通っていましたが、もう卒業を間近に控えていた頃で、3月11日は家にいました。

ただ、その頃は夕方から治療院の仕事(アルバイト)があり、そろそろ出発しようと考えていた時間でした。

午後2時46分ー

今まで経験のない大きな揺れでした。そしてものすごく長く揺れていたのは今でも覚えています。

僕は神奈川に住んでいますが、もうこれはついに関東大震災が来たかと思った次第です。

ところが、テレビをつけてみると東北沿岸が震源地で、一瞬何が何だか理解できなかったですね。

まもなく火災や津波といった被害映像が飛び込んできて、自分も明日からどうなるのかと途方に暮れていました。

普段当たり前にできている事が、どれほど幸せなことかを身を以て体験したような感じでした。

そういった意味でも3.11は忘れてはならないですよね。

大震災から5年経ってもほぼ更地だった南三陸

2016年、”復興ボランティア”として南三陸を訪れることに。

この時すでに大震災からは5年経過。それでも復興ボランティアは一部募集されていたのです。

ボランティア活動は、2日間させていただきました。

初日は、亡くなった方がいるかもしれないという場所から骨を見つけ出すもの。(下の写真の場所で作業)

“骨を見つけ出す”と言っても既に震災から5年経っていましたから、「まず出てくることはない」と役所の方は仰っていました。

実際、僕自身も半日ほど作業をしましたが、骨を見つけることはできませんでした。

ただ、ごく稀に骨のかけらが見つかることもあり、ご遺族の方のご意向もあり行っているとのことでした。

2日目は、被災者の方の引越し手伝いで、対象となったのは、お年を召されたご夫妻のお宅。

新居は、震災後に建てられたマンションでした。

最新の設備がある感じで快適そうでしたが、周辺にはあまり建物が無く、少し寂しさを覚えましたね。

この日は夕方まで作業をして終了。最後に役所の方からボランティア認定証(ステッカー)とピンバッチをいただいて解散となりました。(トップ画の写真)

この時の訪問で一番衝撃だったのは利用した宿周辺の景色ですかね。

使われることの無くなった駅

更地で荒れた土地

あちこちにある巨大な盛り土

震災から5年経ってこれなのか!?ほとんど復興なんて進んでないじゃん!

そんな風に思いましたね。

近くには仮設店舗の“南三陸さんさん商店街”がありましたけど、やはり寂しさは隠せない感じでした。

⏬しかし現在は綺麗に整備され、今年3年目を迎えようとしています⏬

出典:南三陸さんさん商店街

近くを走る三陸道路もこの商店街と同時期に開通(全線開通は2020年度)して、ようやく復興が加速してきた感じはありますね😌

僕も時間ができたら必ずまた訪れたいです!

東北の復興が1日でも早く終わるように祈りつつ、今日はこの辺で失礼させていただきます🙏

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